2008年8月 1日 (金)

(お城紀行)名古屋城

【訪問日】2007年8月
【主な城主】徳川義直(初代城主・徳川家康の九男)他尾張徳川家
【概要】日本3名城のひとつ。徳川家康が天守閣の石垣を加藤清正が作らせるなど、西国大名に命じて作らせた城。天守閣などは明治以降もそのまま残っていたが、第二次世界大戦中の空襲で消失してしまった。

Cimg9744 【感想】こちらの天守閣も大阪城同様、昭和に再建された天守閣。この写真では見えにくいがエレベータが外に突き出ているので天守閣なのか、何かの構造物か分からないくらいの状態だ。
ちなみに手前に見えているのは、本丸御殿跡。徳川将軍家が京都に行く際の宿泊施設だったが、実際使ったのは秀忠(2代目)・家光(3代目)の二人だけだったらしい。その後この施設が使われることはなかったようだ。
現在復元のための寄付を募っており訪問した際もその事を呼びかけるポスターが貼られていた。

というわけで完全にただ観光地でしかない名古屋城だが、見所はまだまだある。

二の丸は一見するとただの庭園にしか見えないが、こちらが歴代城主がいた御殿があった場所。
また、この二の丸跡地は織田信長が幼少期をすごした(なんと城主として)那古屋城があった場所といわれている。

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2008年3月21日 (金)

(お城紀行)大阪城

【訪問日】2007年2月
【主な城主】豊臣秀吉
【概要】日本3名城のひとつ。豊臣秀吉が天下統一のシンボルとして、織田信長を苦しめた石山本願寺の跡地に建てた城が大坂城(※)。川と何重にもある堀で堅固な要害として誇るも、大阪夏の陣で落城。現在見えている石垣などの姿は豊臣秀吉が作ったものではなく、江戸幕府によって上から作られたものである。
(※当時はこの坂の字が使われていた)

Cimg0364 【感想】天守閣も昭和になって構築されたもの。中には豊臣家にまつわる資料が展示されている。最上階からは、大阪ドームや、関西空港なども見る事ができた。まわりにも当時の面影になるものはほとんど無く、石垣から江戸時代に造られた城の姿をわずかに垣間見ることができた。

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2008年2月 8日 (金)

(お城紀行)熊本城

【訪問日】2007年4月
【主な城主】加藤清正、細川氏(江戸期)
【概要】日本3大名城。関が原の戦い後に加藤清正が今の形にした。明治時代には”西南の役”で薩摩(西郷)軍の攻撃を受けるが落城せず。西郷隆盛をして「おいどんは官軍に負けたとじゃなか。清正公に負けたとでごわす」と言わしめる。

Cimg0608【感想】
熊本駅からは距離があるので路面電車等で訪れるよいと思われる。ながい上り坂を登っていき、頬当御門から入場すると、すぐ本丸にたどりつける。天守閣は残念ながら復元だがその隣の宇土櫓については昔のままの姿で残っています。僕としては、宇土櫓のほうが趣があってよかったです。なお訪問したときに天守閣横で本丸御殿を作っていた。完成予定は平成20年春らしい。(写真は 天守閣と宇土櫓)

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2008年1月18日 (金)

(お城紀行)姫路城

【訪問日】2006年8月
【主な城主】黒田官兵衛、羽柴(豊臣)秀吉、池田輝政等
【概要】別名白鷺城。世界遺産にも登録されている。戦国時代には羽柴(豊臣)秀吉が織田信長から中国地方制圧に差し向けられた時に本拠地にした。現在の形にしたのは、関が原の戦い後にこの城の主になった池田輝政である。明治時代に入ると無用の長物として民間に二束三文で払い下げられるも解体にお金がかかりすぎる事からそのままにされた。

Cimg0097【感想】
新幹線で姫路駅を通る際に見えるお城。実際駅を出ると城までまっすぐの大通りがありこれを進めばたどり着くことができる。場内は江戸時代の頃の面影がいたるところにある。やはり江戸時代のまま残っているので、今のところ僕の見てきたお城の中では一番です。ちなみに天守閣内の階段は急であるため上り降りには注意が必要である。

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